気ままに・・忘れないように・・

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zoom RSS 今年も終わった〜

<<   作成日時 : 2007/10/09 00:13   >>

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9月22日23日に、我が家の 稲刈りが終わりました  

前にも書いたことがありますが、我が家は、今住んでいる所から車で45分ほど山の中に入った所に主人の生家があり、そこに田んぼや畑、山林などがあります。
ここは、スキー場もある高冷地・・・今住んでいるこの辺りと3−5度気温が低く、寒暖の差が大きいので、美味しいお米や野菜が採れる所です。

そこで、今は農業も出来なくなった義父母に代わり、二箇所、4枚、4反の田んぼでコシヒカリを、主人が田植えから採り入れまでの季節、通って作っているのです。

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でも、その主人だけで作れるはずもなく、たくさんの人に助けていただいてます

まず、「
我が家の場合、苗は自宅で作るのではなく、農協から買います。
それが田植えの日時に合わせて届くのですが、その苗を田んぼに運ぶのに、どこの田んぼに何枚・・と村の人が手分けをして配るのだそうですが、それを我が家は免除してもらい、田んぼまで届けてもらっているのです
ずっと以前から田んぼに届いていたので、農協から届くのだとばかり思っていた私でしたが、人の手を借りていると知ったのは、つい最近です。


そして、「
稲作をするのに、田んぼの水かげんは大切なもので、義父が元気な頃は毎朝田んぼに水を見に行ったものでしたが、こちらに住んでいる主人はそれをすることができません。
それを、田植えしてから、稲刈りが済むまで、隣の田んぼの人に見てもらっているのです。

それは、主人が頼んだことではなく、序々に義父では無理になってきた頃に「心配せんでもいい、どうせ自分の所を見るついでだから・・」 と、三人のご近所さんから言ってもらえたのです。

そして、何か変わったこと・・例えば猪垣が破られたとか、害虫がでそうとか、田んぼの寄り合いがある・・なんてことも電話で知らせてもらえて・・そのお陰で安心して、こちらで暮らしていられるのです。

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次に「機械
稲作をするのに必要な機械を私たちは買ったことがありません。
大きなものは、田んぼを耕す「トラクター」に「田植え機」、それに稲刈りをする「コンバイン」とその機械を入れて置く倉庫・・・・
小さいものは、「鎌」も「鍬」も・・もっと細かく言えば「紐」や「袋」・・
これは全て買わないと無いし、買うとなるとひとつは小さな額でも、積み重なれば多額になります。
でも、無かったら困るものですが、全部義父母がこれまでに揃えてくれてあるので、私たちは今まで買う必要がありませんでした

そして、取り入れが終わってからの 「籾摺り」・・
私が嫁いだ頃、義父母は刈り取った稲を「はさ掛け」にして、天日干しにしてから、籾摺りをしてお米にしたようでした。
そしてその後、自宅で乾燥機にかけるようになってそれから籾摺りをしたようです
 (不出来な嫁は田植えと稲刈りしか手伝っていないので詳しくは知らないのです

それが、主人がする頃からは叔父に頼むようになりました。
もちろん、作業料はお支払いするのですが、稲刈り機で刈った籾を、叔父の家に持っていくと、乾燥から籾摺りまで自動にする機械を使って、翌日には「新米」が袋詰めされています。
それを主人は息子と家に持って帰り、お米の冷蔵庫に入れるのです。
あ!この冷蔵庫は私たちが買ったこと忘れてました。

本当であれば、農協の籾摺りをするカントリーに頼むことになるのでしょう。
そうすると、出来上がってきたお米は「コシヒカリ」という銘柄は同じでも、主人の作ったお米ではないお米を食べることになってしまいます。
でも、それが、叔父さんの所でしてもらうことで、自分たちが作った無農薬の、お米を食べることができるのです。

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(精米した新米)

それに、「手伝い
前にも書いたことがありますが、子供たちが小さい頃から我が家は一家総出で、年に二回の田植えと稲刈りは、毎年一緒に出かけて行きました。

決して手伝いを期待して連れていったつもりは無く、ただ単にピクニック気分で、お弁当を食べたり、野山を駆け回って遊ぶのは楽しいだろうと思ってしてきたことでした。
でも、普段体を動かしていない為、年々体力の衰えていく私より、いつの頃からか子供たちは十分に戦力になっていました。

取り入れた籾の袋・・30キロほど・・を車に積み込む・・
この積み込みが腰を悪くしそうで私では出来ないのですが、いつの頃からか、これを子供たちがするようになっていました。
力仕事を息子はともかく、娘にさせるのは、自分が出来ないだけに母親としては可哀想な気がするのですが、そこがそれ父親譲りの体力、そして父親の後姿を見ているせいか、少しも躊躇することなくしてくれるのがうれしいことです。

そして、もうひとつ気がついたことは、若い人がその場に居ることの活気
子供たちが田んぼに居るだけで、田んぼでの作業が楽しく活気も出て、主人も断然楽しそうに作業をしています。

これは私が親であるから、単に子供と一緒に作業できるからそう思うのか、それとも子供にとってもそうなのかは判りませんが、田んぼの作業が苦にならず楽しくも感じられるのです。
そんなことに気づいた時、ふと、その昔、義父母もそうだったのかもしれない・・と思えてくるのです。
大勢でワイワイガヤガヤする方が断然楽しい 

こうして、子供はともかく、いろいろな人の助けを借りて我が家のお米は収穫できるのです・・・

そして、そのことを思う時、気づくのは、今こんな風にいろいろな人に親切にしていただけるのは、義父母がこれまで、そうした同じようなことを人にしてきたから、それを私たちが返してもらっているのだろう・・ということです。

そして、今、主人も同じようなことをしていることに気づきます。
機械の古いものを使っている人が、その調子が悪く、田植えの時も稲刈りの時も主人が我が家の機械を持って行き、田植えや稲刈りをしていました。
その時も、決して頼まれたことでは無く、その日に調子が悪いと判り駆けつける・・そうして人の役にたつことがうれしいようです。

労を惜しまない・・助け合う・・そうしたことがまだ自然に当たり前としてできる地域なんですね。
それが果たして、息子の時代まで続いているかと考えると、主人より年上の人たちばかりの村では多分無理だろうと思えたり・・

                                     


これで、今年も田んぼでの作業は終わりました。
後は自家米と親戚や知人に買ってもらった残りのお米を今年初めてのことですが、オークションで販売してみることにしました。

無農薬の高冷地米・コシヒカリ玄米30キロで・・9000円・・
送料は着払いでお願いして・・後は何をアピールしたらいいのやら・・ 思案中・・
幸い、先日の日経プラス1に、新米は収穫して1−2ヶ月ほどしてからが一番美味しいと書いてあったので、まだ時間はあります。

流通に乗せるほど余ってはいないし、かと言って食べ切れない量が余っているので、試してみることにしたのですが、さて上手くいきますか  
他のオークションの状況を見ていると、ちょっと自信は無くなるのですが、頑張ります 

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
収穫の秋ですねぇ。ご自分達だけの作業で大変だったことでしょう。
不在者農業の難しさは、今の日本中の農村の何処にでもある問題かもしれませんが、気ままさんの場合は、ご近所の皆さんが親身になってくれる理想の形があるように思えます。
子供さん達も自主的にお手伝いされる姿に、仲のいい親子関係が見えます。集落の人達も、休日毎にたんぼで若い人の姿を見る事をさぞ楽しみにしておられる事と思います。街の生活との二本立ては大変でしょうが、これからも頑張って下さい。
稲刈りの終わった後の風景と、稲ワラのニオイは子供の頃から大好きです。昔の懐かしい光景を思い出しました。ありがとうございました。
山いろいろ
2007/10/09 09:00
山いろいろさん、こんばんは。
いつも、コメントをありがとうございます。(^.^)
収穫の秋・・そうなんです。お米もそうですが、義母が作りたいけれど体が言えこと利かないからと主人が替りに植えた、サツマイモやサトイモ、それに秋ささぎも収穫の時期で、私も先日初めてサトイモを掘りました。
なんだか、知らず知らず上手に農作業の仕方を教えられているような気がします。(笑い)
山の方では跡継ぎが無い家が多くて、後20年もしたら空家が多くなることでしょう。先日息子が手伝っていた時に、うちはいいけど、他所の家はどうするんだろう・・と言ってたと主人は息子が後を継ぐつもりでいる・・と密かに喜んでいましたが、その頃にあの村があるかどうか・・息子にしても、勤めの傍らこちらから通ってと思っているのでしょうが、こんな風に親切に助けてもらえる状況ではないでしょうから、どんな形の農業になっているのか・・想像もつきません
つれづれ
2007/10/09 22:40
なるほど、昔はこうやって近所というか地域が助け合って生活をしてきたのですよね。都会ではとうてい味わえない生活でしょう。それにそういうつながりすら、都会の人は鬱陶しいと考えるようになってしまいました。
町中の人でも昔は向こう三軒両隣は大切にしてきました。今はそれもなくなりました。隣は何をする人ぞ。我が家には関係ない。余計な手出し無用。
実は手伝われる方も嫌がっている世の中になってしまいました。
もう、結いといわれるような、助け合いの精神は、一部の田舎にしか残っていないのかも知れませんね。それがごく自然に行われる世の中で合ってほしいのに。
ヒゲおやじ
2007/10/10 00:11
ヒゲおやじさん、おはようございます。
いつも、コメントをありがとうございます。
この地域では、共同の草刈などお年寄りの家庭は当然出なくても構わなくて、普通の考え方をすれば一軒にひとり出ればいいと思うのですが、大勢の方が早く終わるから・・と普通に夫婦で出られる家もあったりするので驚きます。
その後にはみんなで焼肉パーティーが計画されていて皆で楽しく飲み食いをするのです。
ウィットに富んだ優しい人が多い地域だといつも思いますが、ゆったりとした環境がそうした人を育てるのかもしれないですね。
ただ、主人はそこで育った人なのでいいですが、私は偶に行く人、どちらというと外から見ている人なので、それだけの繋がりの中に入っていくには勇気も要ります。誰もがいいと思っても、行動するのは中々難しいものですね・・
つれづれ
2007/10/10 09:19
里山と田んぼは絵になります。
実際の米作りは、人々による努力と汗の結晶ですから、収穫後は感慨ひとしおなのでしょうね。
米作りは、水と緑と文化育む地球環境のお手本です。
私もいつか、自分の手で自分の食い扶持ぐらいは努力して、作ってみたいと思っています。そんな将来の夢を描きながら、ときどきネットで物件をさがしています。
いわゆる“田舎暮らし”に憧れていますが、米作りでも良いこともたいへんなこともあるのだなとつれづれさんのブログを見ながら勉強させてもらっています。
本読みと山歩き
2007/10/13 10:40
本読みと山歩きさん、こんばんは。
コメントをありがとうございます(^.^)
お米作りは期間的には収穫まで短いのですが、決してコストに見合った収穫はありません。人件費なんてもちろんですが、機械の償却や苗を始めいろいろなコストがかかります。それを考えるとよく言われることですが、買った方がお米は安いです。
義父母などは作れなくなった頃から、主人に通って作るのは大変だから、止めてもいいと言ったほどです。
でも、主人は自分の所のお米は美味しいという自信と拘りで続けているようです。
昨日はその新米で栗ご飯を作りましたが、とってももっちりとしたご飯で美味しかったです。そんな時は、有り難いなぁ・・という何に対してということは無いのですが、そんな気持ちになります。
「田舎暮らし」・・そうなんです、家が二軒あるということは大変で、そのお付き合いから、メンテ、田んぼや畑には草が生えますし、大変です。
でも、我が家はそれがあるのですから、それを楽しむ位の気持ちでしていくのがいいのでしょう。
私はまだ今は仕事を持ってますので、その心境になるにはもう少し時間が必要のようですが・・(笑い)
つれづれ
2007/10/13 22:17

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