気ままに・・忘れないように・・

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zoom RSS 味噌の味・・

<<   作成日時 : 2008/02/21 13:07   >>

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我が家は結婚して以来、ずっと主人の生家からお味噌をもらって食べています。

最初の頃は純粋に義母手作りの味噌だったようですが、ここ何年かは豆と麹を農協で買って樽に入れておくだけのようですが、それを味噌庫に入れておくと、代々の味噌の菌がその中で味噌を熟成させているのか、美味しいお味噌になっているようです。
私は、その樽の中からタッパーに入れて持って帰り、冷蔵庫の中に入れて少しずつ使っているのです。

私の実家は私が小さい頃から赤味噌の赤だしで、ずっとそれを食べて育ってきました。
ですから、この義母の味噌で作った味噌汁を最初に食べた時、これがお味噌汁!?と驚いて、白い味噌汁に戸惑いを覚えましたが、食べてみると美味しい・・
赤味噌のようにくどくなく、一度で気に入りそれ以来30年、食べなれた味になりました。

12月の中旬、その味噌が切れて、いつものように貰ってきました。

ところが、その味噌でお味噌汁を作ってみると、いつもと味が違います。
主人も今度の味噌は美味しくないなぁ・・と言いますし、次女も私も同感。
お隣に住んでいるお嫁さんに聞いても、「違いますよね」という返事が返ってきます。

そこで、義父の入院以来我が家に滞在している義母に、「お味噌、何か変わりましたか?」と聞くと、
「・・・ふぅん・・味噌の味が変わったかい?・・それはその家の誰かが死ぬということだわ」と、さらりと恐ろしいことを言うのです。

「昔から、その家の味噌の味が変わると、その家の誰かが死ぬ。そして、それが過ぎると又元の味に戻ると言う」と。
そんな非科学的なことがある訳ないじゃない・・と心の中で思いつつも、何か不安になりひっかかる言葉でした。

それでも、毎日そのお味噌汁を作り、小さい鍋に3食分入れて、入院をしている義父に付き添っている義母に届ける毎日を過ごしていました。
病室には調理器や流しもあり、義母はそのお味噌汁を温めて、私や義妹の持っていった食事をするのが日課になっていました。

だから、病院のその階でエレベーターを降り、廊下まで出ると、義母が温めたからでしょう・・そのお味噌汁の匂いがしてきて、部屋に入るとその匂いでいっぱい!という日が何度もありました。

が、その匂いが・・やはり今までの美味しかった匂いと違うのです。
くどい・・と言うか、あまり外まで匂わすのは気がひけるな・・と私は感じるほどでした。

そんな毎日を過ごしていましたが、8日の朝、義父が個室に移って丁度2週間目の朝・・亡くなりました。

入院後、胃の検査をしたら、胃の入り口が1センチしか開いてないほどにガンが進んでいて、そのせいで食べた物を吐いてしまうことが判りました。
悩んだ挙句、87歳という年齢を考えて手術は諦め、静かに余生をホスピスで過ごすことに決めたのですが、まだまだ元気で、家に帰りたいと言うので、暖かくなったら行ってこようねと言ってたほどでした。
でも、病室を移った日から熱が出てどんどん衰えていった末で、思いもかけない早すぎる死でした。
発熱後に右の手足が動かせなくなっていて、脳梗塞が起こったようだと説明を受けましたが、それも定かではありません。

その日のうちに、義父の亡骸と一緒に主人の生家に帰り、普段通ってはいても、暮らしていない私たちは何も判らないまま、ご近所や親戚に人たちに助けられて、田舎独特の手作りの葬儀をしたのが10日でした。

お通夜の9日は、スキー場が近くにありながら、今季はまだ降らなかった雪が降り、家に帰りたいと願っていた義父がやっと家に帰りれたことを喜んでいるような・・ここらしい冬景色になり、葬儀の10日はきれいな雪景色でありながら、暖かい晴天でした。

そのお通夜や葬儀、その後の日々を後片付けや諸手続きの為、あちらに残って生活をしてきましたが、その間にも自家製の味噌でお味噌汁を作りました。

でも、この時は義母が「あの味噌は美味しくなかったから、別の樽を開けた」・・と言い、
以前と同じ味の美味しいお味噌汁を食べていました。

そして、日曜に我が家に帰り、月曜の朝、いつものようにお味噌汁を作りました。
もちろん、味噌はあの味噌でしたが、何とも作る気持は複雑で、捨てようかと思うほど・・。
作ってあの匂いを嗅ぐと、病院の病室や廊下を思い出す・・そして、あの味さえも蘇ってきそうで、その時に時が戻ってしまいそうだったからです。

そこで、作ってみてあの味なら捨てようと食べてみると・・・美味しいのです。
嘘のような話ですが・・・美味しいのです。

それでも、まさか・・私の味覚が風邪で鈍っているのだわ・・と思って主人に聞いてみました。
「お味噌汁の味、どう?」
「美味しいよ・・これって新しく開けた樽の味噌だろ?」と言うので、
「違うよ・・前と同じお味噌」と話して、義母の話をしましたが、何とも信じられないような顔をして、「そんなバカなことがあるわけないじゃないか」と言います。
でも、次女に聞いても「うん、美味しいよ」と。

なんとも不思議で嘘のような話です。

我が家は禅宗で、49日まで亡くなった人は修行中で、あちらの世界に行けないとお坊さんの説法でききました。

きっと、現実的ではっきり物事を言ったおじいちゃんは、その辺りで「そんなことある訳ないじゃろ」って笑っているような気がします。

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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
なんとも複雑な、それでいて狐につままれたような不思議な気持ちで読み終えました。
味噌の味についてのお義母さんのお話で、もしかしたら。。。と思いながら読みましたが、残念でしたね。でもお義父さまはきっと住み慣れた家で、雪景色の中、喜んでいらっしゃたでしょう。
住んでいない所でのいろいろは大変でしょうけど、どうぞお疲れの出ませんように。合掌
patyoko
2008/02/21 16:21
そんな話は初めて聞きました。
でもその時のその家族の心身の状態とかで微妙に変化はするのかも…
大黒さまのようにふっくらとしていた頃の伯父さんなら
きっとそう笑い飛ばしていたでしょうねえ。
「そんな、タワケなことがあるか!」って。
皆さん、お疲れがでませんように…
ノラちゃんのボス
2008/02/21 17:04
はじめましてです。(ペコリ)

今どき有り得ない非科学的〜なんて言われそうですけど、実際こういうことってあるんですよね。
なんによっても解明できないようなことだけど、あるんですよね。
手作りの味噌、その家直伝のお味噌、いいですね。
お舅さまのご冥福お祈り申し上げます。
らんじゅ
2008/02/21 20:29
コメントしづらい記事に書き込みをありがとうございます。
patyokoさん、こんばんは。
まだまだ元気だったのに、どうしてこんなに早くと家族全員が思っています。お味噌汁は、美味しい!と思ったのですが、この話を思い出すと、本当にこれは美味しいのか?自分で自分に暗示をかけているのではないか?って疑心暗鬼になつてしまいます。でも、知らなかった主人も美味しいというのだから、何かが変わったことには違いないようです。
今までもあちらのお付き合いはしてきましたが、自分の家のこととなるとそれは大変でした。
息子が、お葬式というのは、その家族が忙しさで悲しみを忘れることができるようになってると聞いたが、本当だなぁ・・って言ってましたが、その通り。最近やっとひとりでいる時に、突然涙が出て泣いているようなことがあるようになりました。
でも、我が家の場合は、義妹が義父が入院してから一緒に助けてくれましたから、本当に助かりました。それは亡くなった後も続いています。
明日は七日ごとにお参りをする三回目、三七日(みなのか)なので、又出かけてきます。コメントをありがとうございました。
つれづれ
2008/02/21 22:03
ノラボスさん、こんばんは。
でしょう?それは不思議で自分でも何か変わったことはしたか?と考えるのですが、具も同じだし、だしも同じ・・家族の心理・・う〜ん、判らないけど、とにかく美味しくなかった・・風味が違っていたのかもね。
そうそう、「あほな事言っとるな」って笑われているよね。(^_^;)
あれから、主人は49日が済むまではと、毎日あちらの家から仕事に通っています。夫ながら、親思い、故郷思いの人だなぁと感心してしまいます。
つれづれ
2008/02/21 22:14
らんじゅさん、こんばんは。
コメントをありがとうございます。
らんじゅさんの記事、ウェブリーダーのお気に入りに登録して読ませていただいてます。(^^ゞ
私はこうした話は今まで信じない人でした・・が、聞いた時、義父の容態が変化する前だったと記憶してますが、義母の答があまりにも唐突でそんなこと言っていいの?と妙に気になっていました。
そのひっかかった気持ちが何か作る手際か何かを変えているのかもしれないですね。
自家製のお味噌・・美味しいのに、私は何も知らないのです。
その作り方も購入する物も・・若い頃から、いつか聞かなきゃと思いつつ今まできてしまいました。そうした事柄って、思うと沢山あります。
若い頃から今までほどの時間は無いのでしょうから義母の元気なうちに聞いておかなくちゃ・・(^_^;)
ありがとうございました。

つれづれ
2008/02/21 22:33
大変でしたね。不思議な出来事ですがあるような気がします。
私の住んでる地方の方言で、亡くなった事を(みてた)と言います。満ちた と言う意味らしいのですが・・きっとお義父様も人生を全うされたことと思います。去年私の父も癌の手術をしました。今は元気になっていますが、人ごとではない気がします。
私事ですが、25歳の時に最初の主人を亡くしました。(2度目の結婚で今は幸せです)その時住職さんが<生きている人が幸せになるのが故人に対する一番の供養です>と言ってくださいました。お義母様も寂しくなったでしょうが、残りの人生楽しんでいたたきたいですね。ながながとつたないコメントですみませんでした。
お義父さまのご冥福をお祈り申し上げます。

プイプイよちゃん
2008/02/22 00:47
ブイブイよちゃん、こんにちは。
そうですか・・「みてた」という言葉は初めて聞きました。
義父は87歳でしたがあの年代の人に多いように、とっても波乱に満ちた人生でしたが、その終わりがあまりにあっけなくて、今頃になって、手術した方が良かったのではと思ったりします。私でこんな風ですから、決めた主人はもっとそう思っていることでしょう。
お父様、今はお元気になられたのですね。良かったですね。
いくつになっても、どんな風になっても、親には元気で見ていて欲しいものだと、この年齢になると、つくづく思います。
義父は、元気な頃に延命はするな・・と主人に言い置いたようですが、その後認知症になりました。
主人は頭も人も良かった義父の尊厳が認知症で失われるようで、とても辛かったようでした。
よっちゃんさんも波乱の人生を送られてきたのですね。
今が幸せ・・そうですよね。そう思えるように暮らすのが一番の供養ですね。いい言葉を教えていただきました。
コメントありがとうございました。
つれづれ
2008/02/22 13:06
何とも不思議な話ですねえ。鳥肌が立ちましたよ。
それはともかく、義父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
忙しくした後は気疲れがでるもの、どうぞお大事に。
ヒゲおやじ
2008/02/23 13:05
ヒゲおやじさん、こんばんは。
昨日の朝も今朝も、あちらの家でお味噌汁を作りましたが、あちらの味噌も美味しくなってました。食べながら義母に、「私あの話を聞いた時、驚きました」と言うと義母は「昔からそう言うからねぇ・・ほんとに美味しくなったねぇ」と言ってました。
???私はこうした不思議な話って信じない人なので、それを自分が体験しても何か理由があるのでは?と量を変えたりして原因を探っています。(^^ゞ
ありがとうございます。あれから主人が義母を気遣って、あちらの家から通勤していまので、私はウィークデーは独身状態、羽が伸びきっています(^^ゞ
コメントをいつもありがとうございます
つれづれ
2008/02/24 20:14

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