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zoom RSS 40年ぶりの家族旅行 3 ・・湯の山温泉の旅館にて 09.5.9

<<   作成日時 : 2009/05/27 09:08   >>

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私が、湯の山温泉に行ったのは3度目。
前回は泊まらずにロープウェーに乗って、下りてきてから日帰り入浴をして帰ったことがあったが
下界が見渡せる気持ちのいいお風呂だった。

でも、今回気がつくと、お土産屋さんの閉じていたりして、温泉街というには寂れている感じも受けた。
でも、主人の生家で慣れている私と違って、都会から来た人には新緑と渓流の音が新鮮に感じられるのかもしれない。

今回の宿は最初は2部屋だったのを、その後頼んで6人1部屋にしてもらったが、果たしてそれが
良かったか悪かったか???

ひょっとして宴会場が部屋になったりして・・と不安に思いながら入った部屋は
床の間付の10畳の部屋が1、そして4.5畳の部屋がふたつ、
そして、4人分のソファーが置かれたコーナーもある大きな角部屋で、
窓が大きくとってあり、山々の新緑がきれいに見える当たり!!の部屋だった。
(この旅館、昭和50年代に天皇陛下が泊まられたとのこと。ひょっとしたら、この部屋?と思ったりもした)

画像


ここでは予約をする時に、泊まる目的を「喜寿の祝い」としていたので、
最初に記念に寄せ書きをしてくださいと紙と色鉛筆を渡された。
この手の寄せ書きは大の苦手の私は困ったなぁと思っていたら、しばらくすると父がその紙に
窓から見える景色を書き始めた。

この頃の父は、母も言うが、少しずつ痴呆が始まっているような気がする。
何度でも同じことを聞いたり、言ったり・・
物言いも、言葉が出てこないのか、ゆっくりとなってきている。

私が子供の頃から、厳格で亭主関白そのもの。
母にも子供にも厳しい父で、下ふたりにはそうでも無かったようだが、長女の私などは子供の頃は恐いばかり、
大きくなってからは理不尽に感じた考え方や物言いに喧嘩もしたし、早くこの父から離れたい・・
父のような人とは決して結婚はしないと思ったものだった。

その通り、父の大反対を押し切り、全然違うタイプの主人と結婚したが、
今では絶対に受け入れられない価値観の違いというのはあるが、何と言っても自分の親であること、
私のことを父流に愛してくれていたらしいことも理解できるようになり
私も文句無く父親を私流に思いやることができるようになった。

その父が、最近では物忘れがひどくなったり、ちぐはぐな行動をして、母は反対に父に指図したり
することが多くなってきた。
そして、それが通じなくなることがあったりすると、情けなくなるのか時には急かしたり嘆くようになった。

その父が・・・色鉛筆を持って、景色をスケッチしている姿を初めて見た
そして、「小学校の頃から絵は得意で、賞もたくさんもらったんだぞ」と言いながら笑っていた姿は
これからも、きっと忘れないだろうと思う。

その後、父が温泉に入ると言うと、下の弟が
「いいよ、僕がついているから」と気遣ってくれるのが嬉しいい・・

有難いことに食事も喜寿の祝いだからか、部屋出し。
宿で「青のちやんちゃんこ」なるものが準備されていて、母にカクテルのプレゼントもあった。
そして、後からポストカードになった全員の記念撮影も撮ってもらい、和気藹々と話をしながら
食事をすることが出来た。

当たり前だが、私が結婚するまでは、この全員が家族だったが、私と一番下の弟とは12歳違い。
だから、「この6人で旅行をしたのは何年ぶりだ?」と皆で考えると、
「あの時は○○が行かなかったし、あの時は××が行かなかったし・・初めてじゃないの?」という声もあったが、
「いや、熱海じゃないか!!」と弟。

そう言えば、私の高校合格のお祝いと称して、熱海に行ったのが、ただ一度の家族全員旅行だった。
だから、下の弟などはまだ4歳で、写真が残っているから行ったと思っているだけ・・と44歳の弟が言う。

「と言う事は、40年ぶりの家族旅行だ!!」
「40年!!」「ほぉ!40年ぶり」
と誰もが驚き、顔を見合わせて笑った。

その食事をしながら、父が何度も、
「こんな旅行がしたかった・・こんな旅行が1年に1回でもいいから、これからもできたらいいなぁ・・」
としみじみ言う。

それを聞いた母は、
「ほんとに、こんなことが出来るなんて、幸せなことだ・・」
「そう言えばお父さん、この前も北海道の登別のなんとかという宿屋に、もう一度泊まりたいと
言ってたね。今度は北海道に行こうよ!!」と言うので、みんなびっくりするやら、可笑しいやら・・

「毎日がお休みの母さんたちはいいけど、みんな仕事があるんだから、その調整が出来たらね」と
釘を刺しておいたが、もうこれから何年もそんなことが出来るような気がしないだけに、皆が行けたらいいなぁ・・
と思っているように思えた。

そして、最後にまだサプライズがあった。
「お布団を敷いている間に、部屋の入り口でテープカットをしていただきます。全員の方入り口にどうぞ」と
言われて、びっくりするやら可笑しいやら・・

どうしてテープカット???と笑い転げながら、それでも母は青いチャンチャンコを再び着、白い手袋をして、
紅白のテープの前にて、全員で記念撮影。

画像


絶対に自分たちでは計画しないだろうことを、笑い転げながらして、これもいい思い出になったような気がする。

まだまだ、可笑しいことは続き、母にプレゼントのバックを見せると、

「今日持ってきたバックと同じやねぇ。このバックしか無いから違うタイプのバックが欲しかったのに」

妹がこの日の朝、母のバックを見て心配していた通りで、挙句に
「このバック、T子(妹)が使えばいいよ。私は違うの買ってもらうわ」と、平気でのたまう。

確かにそっくりで、そのバックを比べて、又みんなで大笑いをした。

そして、その夜はイビキがすごいことと、トイレが近いからと父が4.5畳の部屋で寝ると言い、
「じゃ、僕もイビキかくから」と下の弟が同じ部屋で寝ようとしたが、父のイビキに参って隣の4.5畳に
移っていた・・・
が、その隣の10畳で寝ていた私たちから見ると、余程下の弟のイビキの方がすごかった・・


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タイトル (本文) ブログ名/日時
40年ぶりの家族旅行 4・・鳥羽から伊良湖へ 09.5.10
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2009/05/28 12:56

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
とても素晴らしい旅行をされましたね。
親孝行もできて、しかも兄弟水入らずで、こんなこと普通中々できないことですよ。本当に良かったですね。
しかもとても精力的にあれこれ見ることもできて、お天気にも恵まれて最高でしたね。
うちも今年母は古稀ですので、何か計画しなくてはと改めて思いました。
らんじゅ
2009/05/27 11:58
らんじゅさん、こんにちは。
思いもかけなかった旅行でしたが、行って良かったと思っています。
そして、多分ブログを書いてなかったら、この時感じたことなど次第に忘れていったのでしょうが、こうして文章にしてみて自分の感じたことが整理でき残せて良かったと思っています。
お母さん、喜ばれると思います。是非何か計画してみてください。
つれづれ
2009/05/27 12:44
読んでいて胸がいっぱいになりました〜
本当によい御家族だったんだなぁということがわかります。
ママンは時代が時代だし、2度目の父ということもあって、家族仲良くの思い出が余りなくて・・・父ももう今は亡くなりました。
思い出話でまた思い出がふくらみますね。
旅館の心遣いもうれしいですね。

山形ママン
2009/06/06 08:12
山形ママンさん、こんばんは。
ありがとうございます。
年月が過ぎてみると、あの両親の子で良かったと思えますが、一緒に住んでいる頃は早く離れたいばかりでした。
でも、結果的に兄妹仲良く居られるのは、この両親のお陰です。
こうして又新しい思い出を作ることが出来たのは、母が喜寿の祝いを期待して、それを口に出したからこそで、あまり子供に遠慮するばかりでなく、こうして姿勢も有りかななんて思ったりします。
山形ママンさんも、お母さんの米寿のお祝いで思い出を作ってくださいね。
つれづれ
2009/06/07 20:15

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