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zoom RSS 今年の夏休みは・・北へ・・その2 11.7/30

<<   作成日時 : 2011/08/10 17:04   >>

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私達の向かった先は車で5分ほどの所。
その間には津波の影響を感じたのは、車が何台も集めてある場所を見た時くらいだった。

が、それは私が気が付かなかっただけで、曲がった途端、目の前に仮設住宅がたくさん現れて・・・
なんとも言えない・・胸が詰まり涙が出てきた。

私たちが作業をする作業場は、その前にありました。

大きなテントが3つ・・
テントと言っても、よくテレビで見る難民キャンプの救護所に使っているような大きなもので、
国連世界食料計画という団体のロゴが入っていて、こうした援助もあるのだと知った。

そのひとつのテントに入ると、写真がいっぱいぶら下がっていて、津波の後に拾い集められた
持ち主不明の写真を洗って乾かし、探している持ち主に返す為の作業所で、そのお手伝いが
私たちのこの日の作業だった

前日は40人ほどの人が携わっていて、多い時はこのテントいっぱいの人だったそうだが、
この日は最後の作業の日とか・・・
男性3人女性4人で、前日にきれいにされて、干されていたいた写真を整理した。

写真はさまざま・・
私達と同じ年代だと思われる懐かしいようなモノクロ写真もあれば、プリクラもある

きれいな花嫁さんが写った結婚式もあれば、一生懸命走っている運動会の写真も・・
団体旅行の集合写真もあれば、旅行先の宴会中の写真も・・
どの写真からも、喜びや楽しさや躍動感が伝わってきて、今この人たちがご無事であれば・・と思うばかりでした


その作業の間には、取り決められているのでしょう・・きちんと休憩が入ります。
そんな時には、お互いに話もするようになり、この時の参加者は地元の人がほとんどで、
避難所でのボランティアをされていたが、ここの町ではもう閉鎖されたので、
写真の整理を手伝っているという女性や、休暇の度に千葉から通っているという男性もいらした。


あとの二つのテントは写真を持ち主に返すための展示用で、写真はもちろんたくさんあったが、
位牌から賞状など、名前がはっきりして、持ち主が判りそうなものまで、たくさん展示されているのが悲しい・・

でも、そこには写真を見つけた人のお礼の言葉を書かれたノートが置かれていて、
ここで作業をずっとしていた女性は、「読んでいると、やってて良かった・・又やる気が沸いてきます!」
と言われていた。
ただ、私は途中まで読んだだけ・・後は涙がでて読めなかった。

この日も作業の間にも、写真を探しに来る人もあり、その中で見つけて持って帰る人も見受けられた。

ただ、この写真もあと数日で展示が終了するという。
写真自体も、どんどんカビていくようで、何とか持ち主に戻したいというボランティアの人たちの気持ちもよく伝わってきた。


それと、体を動かすつもりで来た夫にはちょっとミスマッチ・・

今は離れているが建築士でもある体力派の夫は、そうした現場の状況を見て、何かを感じたかっただろうし、
体を使って手伝いをしたかっただろうと思うが、「こういう細かい作業も得意だ」と、負け惜しみを言いつつしていた。

でも、後から考えてみれば、この施設を閉める直前だからこそ、他の方と親しく話せた環境だったろうと思う。

今年から仕事を辞めて2町歩の田んぼを作り、農業に専念しようと思っていたら、津波に遭い、
塩害の為、今年は一枚も田んぼを作ってない・・という同年代の男性とは、農業話が弾んで、
その日私たちは車中泊をすると言うと「うちに泊まってもらってもいいけど・・」と言われ、
なんと東北の人は温かいと感じられる言葉もかけてもらったりした。

女性の方からも、震災当日やその後の話を聞いたりして、幸い家は無事だったが、
あの日、私達がリアルタイムで見ていた震災の状況を、停電で見れなかった。
今からでもいいから見てみたいとも言われていた。
一番情報が必要としていた所に、情報が流れない・・この進んだ世の中に・・
報道でも言われていたが、現地の人の話で実感した。

そして、写真の整理が終わってからは、用具の片付けをして・・
4時前には作業も終えて、「お世話になりました」とお別れを言ってセンターに戻ってきたが、これも一期一会・・

短い時間だったが、折角お知り合いになれたのに・・という思いと、
果たして私たちは、役にたったのだろうか・・と言う思いで、後ろ髪を引かれる思いだった。


その後はお風呂・・知らない地なので、明るいうちにと、ナビで温泉は無いかいな・・と探し、
おおがわら天然温泉「いい湯」に・・・

画像


被災地からはちょっと離れていて、ちょっと混んでましたが、とってもいいお湯に入ることができました。

その後は夕食・・
自炊道具も持っていたが、W町のHPに「今はW町で何でも買えます。できるだけ町内で買い物していただけたら・・」というコメントを見ていたこともあって、朝見かけたおすし屋さんに・・
回転すし屋さんでしたが、とっても美味しかったです〜

後はもう翌日に備えて眠るだけですが、明日は体を動かすぞ!と、夫はやる気満々。

それでも遠いので、午前中だけボランティアに参加し、午後には予定通り、帰途に着いて日光まで戻ることにして、登録してあった宿に予約を入れた。 

その夜のこと、車の中で寝ていたら、いきなり二つの携帯がビービー・・と鳴り見ると
エリアメールで緊急地震速報が・・
そしてすぐ後に、ゆらゆらゆらと、車が揺れ始め震度4の余震でした。

この余震がもし昼間でもっと大変なことも有り得るわけで・・
だったら、やはり何があるか判らないのだから、軽作業であろうが、大変な作業であろうが、
同じ場所にいるべきだと思ったことでした。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
つれづれさん、こんばんは♪
とってもとっても役にたっていると思いますよ。身体を使うだけがボランティアではないし。何回も言うけど「行く」事が素晴らしいです。
あの日テレビを見ていて「どうして逃げないんだろう」と思ったけど、現地は停電で情報が入らなかったんですよね・・。子供や親が家にいたら迎えに行きますよね、普通は。今だからすべき事がわかるけど、川を何キロも津波が上がってくるなんて・・どんな気持ちで震災の映像を見るかと思うと、気軽にテレビが見られませんでした。でも「見てみたい」と思う気持ち、強いですね。
あの日は三月とは言えとっても寒かったですね。今は酷暑の毎日で、五か月が過ぎたのですね。
いつこ
2011/08/10 22:06
いつこさん、こんにちは。
いつもコメントありがとうございます。
そして、激励もありがとうございます(笑)
でも、この年齢なので、行っている間中来て何か役に立っただろうか・・と思ってました。自分で無かったら、そう思わないんでしょうけど(笑)
丁度今日は5か月目で、テレビで何度も津波の映像が流れていますね。
何度見ても手に汗握って見ることになりますが、当事者は判らないんですよね・・自分がどうな状況に置かれているのか・・
こんなに何もかもが発達した今でも、所詮人間は小さな存在です。
行ってきてから、今まで以上に被災地のことが気になるようになりました。
つれづれ
2011/08/11 12:35
つれづれさんご夫妻にはいつも頭が下がります。
ご主人様のいつもの判断には圧倒されます。
らんじゅ
2011/08/11 20:20
らんじゅさん、こんばんは。
夫は行動力とバイタリティーは持ってますね〜
でも、それも良し悪しで、付いていくのが大変なんです(^_^;)
つれづれ
2011/08/11 20:55

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